みなさま、こんにちは。
バレエ安全指導者資格®︎事務局です。

【選ばれるお教室の条件】をテーマとした連続コラムの第三回目です。
今回は『その「正しさ」が、生徒を追い詰める』というタイトルでお届けいたします。

「もっと練習しないと上手くならない」
「そんな甘い考えでは、バレエとは言えない」
「週1回で満足しているなんて、向上心がない」

熱心な指導者ほど、生徒に対してこのような「もどかしさ」や「苛立ち」を感じることがあるかもしれません。

「どうして、もっと必死にならないの?」
「どうして、私が教えた通りに努力しないの?」

その感情は、あなたがバレエを愛し、真剣に向き合っている証拠でもあります。
しかし、その正義感こそが、実は生徒との心の距離を決定的に広げ、静かな退会へと追いやっているとしたら、どう思われるでしょうか?

シリーズ第3回目は、私たち指導者が無意識のうちに陥りやすい最大の罠、「自分のバレエ観の押し付け」について考えてみます。

あなたが見ている「バレエ」と、生徒が見ている「バレエ」。
そこには、決して交わらない決定的な違いがあることを、認められているでしょうか。

私たちが歩んできた「修羅の道」

私たち指導者の多くは、バレエを「道」として、あるいは「人生そのもの」として歩んできました。
来る日も来る日もバーに向かい、痛みに耐え、鏡の中の自分を否定し続け、ミリ単位の修正を繰り返す。
友人との遊びや美味しい食事を犠牲にし、すべてをバレエに捧げる。

その厳格な「修行」や「鍛錬」の先にしか見えない舞台上での景色があることを、私たちは肌感覚で知っています。
だからこそ、私たちは信じて疑わないのです。

「技術を高め、完璧を目指すことこそが、バレエの唯一の正解である」と。
そして、「苦しみの先にしか、喜びはない」と。

この価値観は、プロフェッショナルを目指す上では真実かもしれません。
しかし、それをそのまま、街のスタジオに通う一般の生徒たちに当てはめてしまった瞬間、それは「指導」ではなく「暴力」になってしまうかもしれません。

生徒が見ている「彩りとしてのバレエ」

なぜなら、スタジオに通う生徒たちの全員が、あなたと同じ「修羅の道」を歩みたいわけではないからです。
生徒の方々にとってのバレエ観は、もっと軽やかで、生活に根ざしたものです。

「美しい音楽に浸って、仕事のストレスを忘れたい」
「猫背を直して、姿勢の良い自分になりたい」
「仲間と笑い合いながら、憧れの世界に触れていたい」
「週に一度、綺麗なレオタードを着て、自分を好きになりたい」

もしかしたら、指導者の目には、これらが「甘い」「遊び半分」と映るかもしれません。
しかし、これは「やる気がない」のではありません。

「人生におけるバレエの意味」「配置される優先順位」が、私たちとは根本的に違うだけなのです。

生徒の方々にとってのメインステージは、職場であり、家庭であり、学校です。
そこですでに戦い、傷つき、疲弊している。
だからこそ、バレエには「戦い」ではなく「癒し」や「回復」を求めているのです。

どちらが「偉い」わけではない

ここで重要なのは、プロを目指す「ストイックなバレエ観」が優れていて、趣味として楽しむ「ライフスタイルとしてのバレエ観」が劣っているわけではない、ということです。

例えるなら、「エベレストの登頂を目指す登山家」と、「週末にハイキングを楽しむ人」の違いです。
登山家がハイキングを楽しむ人に向かって、「なぜ酸素ボンベを持たないのか!」「死ぬ気で登らないなら山に来るな!」と怒鳴りつけるでしょうか?
そんなことはしません。
それぞれの「山の楽しみ方」があり、それぞれに尊い価値があることを知っているからです。

しかし、バレエ界では平気でこれが行われています。
「週1回では上手くならない」と切り捨てる指導者は、エベレスト登頂だけを「登山の正解」とし、ハイキングの楽しさを全否定してしまっているかもしれません。

「プロにならなくても、舞台にでなくても、週に1回、音楽に合わせて身体を動かすだけでこんなに幸せ」

そう感じて目を輝かせている生徒に対し、「そんなレベルで満足するな」「もっと上を目指せ」と水を差す。
これは、その人の人生における「幸福のあり方」を否定する行為と言えるのではないでしょうか?

「未熟」と断じる権利は誰にもない

「技術的に未熟であること」と、「バレエへの愛が浅いこと」はイコールではありません。
たとえ脚が90度しか上がらなくても、回転ができなくても、その生徒が音楽に心を震わせ、踊る喜びを感じているなら、その瞬間のバレエはすでに「完成」しています。
そう感じる生徒の感性を、「未熟」と断じる権利は指導者の側にもありません。
むしろ、限られた時間と身体条件の中で、最大限の喜びを見出せる彼らは、ある意味でプロ以上に「バレエの本質的な喜び」を知っている人たちと言えるかもしれません。

「正解」を一つにしない勇気

これからの時代に選ばれる指導者とは、自分と同じ価値観を持つ「分身」を育てる人ではありません。
自分とは違うバレエ観を持つ生徒に対し、「そういう楽しみ方も素敵だね」と共感し、その目的に合ったサポートを提供できる人です。

「上手くなりたい」人には、技術の階段を。
「楽しみたい」人には、最高の時間を。
「健康になりたい」人には、安全な身体の使い方を。

相手の「人生におけるバレエの意味」を尊重し、複数の「正解」を用意できる懐の深さが必要です。

「私のバレエの先生は、私の『楽しみ方』を認めてくれる」

そう感じられる安心感があって初めて、生徒は心を開き、貴方の言葉に耳を傾けるようになります。
結果として、それが長く続く信頼関係となり、教室の安定した繁栄にも繋がっていくのです。

あなたのスタジオは、多様な「バレエへの愛」を許容できる場所ですか?
それとも、一つの正解しか許されない場所ですか?

その寛容さの度合いが、これからの教室の未来を決める試金石となるでしょう。

私たち「バレエ安全指導者資格®︎」が、解剖学やメソッドだけでなく、「心理学」や「哲学」の講義を取り入れている理由も、まさにここにあります。
それは、生徒も指導者も、「バレエ人である前に、一人の人間である」という原点を理解するためです。

「人間」を理解せずして、「バレエ」を教えることはできません。

多様な価値観を持つ生身の人間に対し、敬意を持って向き合い、その人生を応援できる指導者であること。
それこそが、私たちが目指す「安全で、幸福なバレエ教育」の姿なのです。

バレエ安全指導者資格®︎ 事務局

お互いのバレエ愛を共有し合える指導を行うための学びは、バレエ安全指導者養成スクールで。
https://safedance.jp/study/school/