哲学と美学から読み解く、バレエとバレエ指導

バレエに関わる私たちは、日々「美しさ」や「感性」という言葉を当たり前のように使いながら、生徒と向き合い、指導をしています。
でも、その「美しさ」や「感性」って、そもそもどういうものなのか。
それを生徒さんに問われた時、あなたは指導者として答えることができるでしょうか?
そして、そもそも考えてみたことはありますか?

「そんなこと、考えたこともない」
そのような方が実は多いのではないでしょうか。

でも、考えることそのものが、人間の営みの最も根源的なかたちであり、
それこそが、私たちの指導や表現を支える、見えない“土台”でもあると思います。

この講義では、「哲学」や「美学」という少し敷居が高く感じられるかもしれない領域を、
バレエに関わる皆さんとともに、やさしく、わかりやすく紐解いていきます。

たとえば、こんな問いはどうでしょう。

  • 「踊る」と「歩く」は、何が違うの?
  • なぜ人は踊るのだろう?
  • 舞台で感じる“美しさ”は、どこから生まれるの?
  • バレエはなぜ“芸術”とされているのか?

どれも境界が曖昧で、言葉で説明するには、難しく感じてしまうものですよね。
でもなんとなく感覚ではわかっているような、そんなものって実はたくさんあります。
こういったことを考えることが、指導する上での“自分の軸”となり、生徒との関係や言葉にも変化をもたらしてくれます。

講義を担当されるのは、樋笠先生。
哲学・美学・身体論・空間感性論を専門に研究されながら、バレエや現代舞踊の舞台にも長年関わってこられた、まさに“考えるバレエ人”です。

現代のバレエ教育は、解剖学や生理学といった身体の知識と同時に、
「なぜ教えるのか」「何を大切にするのか」という、内側の問い=“哲学”を必要としています。

芸術家とは、ただ感じる人ではなく、問いつづける人
見慣れたことを疑い、聞き慣れた言葉の奥に潜む意味を掘り起こそうとする人。
芸術家を育てたいのであれば、指導者自身が芸術家でなければ、そうなり得ないのではないでしょうか?
指導者自身が物事と向き合う姿勢こそが、深く豊かな表現や、信頼される指導につながっていきます。

たとえば、「どこまでがバレエで、どこからがバレエではないのか」
そんな一見曖昧な問いにも、実は“自分の経験や世間一般の空気のような常識”だけで判断してしまっていることが多くあります。
伝統的なバレエを伝える側として、それで確かなことを本当に伝えられるのでしょうか?
そこに、歴史・文化・思想・そして「他者」が含まれていないとしたら、指導はどこか偏ったものになってしまうかもしれません。

哲学や美学に触れることは、自分の枠を広げ、他者や時代の背景を理解し、
より豊かに「指導するとはどういうことか」を考える機会になります。
そしてきっと「本当はみんな、心のどこかでずっと問い続けていたことだったんだ」と少しホッとするような、新しい思索の時間になるはずです。

この講義は、プロフェッショナル講座の一環ではありますが、今回に限りどなたでもご参加いただけます。
哲学や美学は、日常にすぐ役立つ知識ではないかもしれません。
けれど、考えることの楽しさ、問いを持つことの誠実さ、
それがバレエを教えるあなた自身の内面を支えてくれる力になるでしょう。

どうか、「考えるなんて、自分には関係ない」と思わずに。
考えることこそ、人間の営みであり、指導者の成熟へとつながる一歩です。

ぜひこの貴重な講義を、あなたの“これから”の学びに加えてみてください。
お一人でも多くのご参加を、心よりお待ちしております。

樋笠勝士先生よりメッセージ

樋笠勝士先生

神田外語大学教授、上智大学教授、岡山県立大学教授を経て、現在 慶応大学言語文化研究所研究員、岡山県立大学特命研究員、朝日カルチャーセンター講師、日本大学大学院講師。
専門は美学芸術学及び哲学。
著書は『フィクションの哲学』月曜社(2024年)等。
オンライン読書会も実施中(Twitter/X「美学哲学コロキウム」)

1)今回の資格への思い
 幼少期からバレエに囲まれた生活をおくっていましたが、理論研究の方へと進む一方で、バレエ制作や裏方には結構関わり、今は亡き小川亜矢子先生や関直人先生とは親しくさせていただきました。理論研究では哲学や美学の方へと進めていきましたが、他方で趣味としてバレエの舞台鑑賞を絶やさず、現代舞踊をも視野に入れてローザスやピナ・バウシュなどに強い関心をもち、その結果身体論や舞踊美学も研究しています。現在は、身体論や空間運動論などと交叉させながら空間感性論をテーマとする「光の美学」研究をしています。そのような経緯の下で、偶然「バレエ安全指導者資格」のことを知ることになりました。

 日本では徒弟制度的な私的バレエ教育が盛んですが、因襲的な関係における教育は確かに濃密であり一定の効果はあるものの、公平性や客観性、学問性及び教養の点で問題があります。時代もバレエの公的教育態勢を求めていると思います。その教育内容も単なる訓練や修養ではなく、解剖学・生理学・医学に基づく知識、訓練の合理性や安全性の知識、舞踊史・舞踊思想、著作権その他の法制度の知識など、指導者は多角的で綜合的な内容を必要としていると思います。その一助となれば幸いです。

2)担当する講座の内容について
 バレエ教育の視点の下で、哲学及び美学を講義します。哲学では、どのようなことでも原理的な問い(「Xとは何か What is X ?」)を発します。人間とは何か、なぜ皆幸福を求めるのか、人はなぜ怒るのか、など本質的な問いを主題とします。バレエ教育でも、「身体とは何か」「身体の運動にはどのような意味があるのか」「運動を教えるとはどういうことか」など多くの原理的な問いをたてられます。もちろん哲学史の知識は必要とはしません。可能な限り分かりやすく論じていきます。このような哲学的活動の一つに美学があります。美学の主題は「美」と「芸術」と「感性」です。バレエでは「美」が語られますが、しかし、何がどのような理由で美しいのでしょうか。そもそも「美」とは何なのでしょうか?「美」は「善」と何が異なるのでしょうか。他方、バレエは「芸術」とみなされていますが、そもそも「芸術」とは何なのでしょうか? 我々は芸術を、芸術ではないものからどのように区別するのでしょうか? さらにバレエにおいては様々に「感性・センス」が問われます。ダンサー自体の踊りのセンスもありますが、舞台美術や音楽のセンス、そして鑑賞側のセンス(これは批評に繋がります)もあります。このような西洋哲学史の中に豊かに展開されている思索を講義していきます。

3)参加される皆さんへ
 バレエは身体運動の一つです。そこで問いが出てきます。「人はなぜ踊るのか」「踊りとは何か」。この「なぜ」や「~とは何か」は原理的な問いですので哲学の問いであると言えます。他方で、「踊り」は、「歩く」という身体運動と、何が同じで何が異なっているのかを問う必要も出てくるでしょう。さらには、原始人も江戸時代の町民も「歩き」「踊り」ますが、「踊り」に属している「バレエ」は西洋近代に始まる文化史的意味をもっています。さて、このような「問い」をめぐる思索の過程は、バレエのレッスンに明け暮れている人々にとってはおそらく非日常的なものでしょうし、そもそもこれらの問いは生きるために必要不可欠なものではありません。むしろ避けた方が上手く生きていけるでしょう。しかし、日々の生活の中で「何のために生きるのか」の問いは、哲学で公に問いを出さない限り、多くは誰もが自己の内面で密かに問うものではないでしょうか。それと同様に、身体運動、踊り、バレエへの問いも非日常的な場でなければ一人では考えようとはしないものです。問わなければ一生考えることはないでしょうし、考えることの意味も感じないまま生を終えてしまうでしょう。しかし敢えて問うこともできます。これによって人は自らの考え方を一層豊かにさせ確実に深めてゆくことができ、それが「教える」という知的な活動に直接的な影響を与えます。そして、問うことこそ哲学や美学の学びによって得られる知的な快楽となるのです。

日時・詳細

開催日時
2025年8月14日(木)
10:00〜11:30
1)「教える」とは何か?
13:00〜14:30
2)「美学」について

受講資格
どなたさまでも
※プロフェッショナル講座修了生の方は無料

開催場所
オンライン