みなさま、こんにちは。
バレエ安全指導者資格®︎事務局です。

今回は、さらに少し踏み込んだお話をさせていただきます。
テーマは、『バレエの本質を濁らせる、日本独自の「理不尽」なルール』について。

私たちの願いは、社会とバレエ界をつなぐ架け橋となり、子どもたちが安心して芸術に打ち込める環境を創り上げることです。 そのため、これからお話しする内容は、日々指導にあたっておられる先生方にとっては、非常に耳の痛い、あるいは直視したくない現実かもしれません。

しかし、全国各地の保護者の方々から、同様の疑問や不安の声が数多く寄せられていることは、紛れもない事実です。 時代の変化とともに浮き彫りになってきた「価値観のズレ」。そして、世間一般がバレエ界の常識に対して抱いている「違和感」。 そうした溝を埋め、バレエ界が社会から正しく愛される場所であり続けるために、あえてこの問題を提起します。

西洋の芸術が、日本の「精神論」にすり替わるとき

バレエは、ヨーロッパで生まれ、長い歴史の中で磨かれてきた美しい舞台芸術です。その根底にあるのは、一人の人間としての「個」の確立と、自由な自己表現です。

しかし、海を渡って日本に根付く過程で、その本質が少し形を変えてしまった側面はないでしょうか。
優雅な衣装を身につけながら、その内部構造だけは、なぜか日本古来の「道(どう)」の精神、厳格な上下関係や、「滅私奉公」を美徳とする世界観が色濃く残っていることがあります。

もちろん、日本人が大切にしてきた「慎み深さ」や「師を敬う心」は素晴らしい精神であり、美しい姿勢です。
ただ、その慎み深さが行き過ぎて、教室全体が「上の顔色を伺う、息苦しい場所」になってしまっては、本末転倒ではないでしょうか。

私たちは今一度、バレエという西洋の文化を、日本のスタジオでどう育てていくべきか、冷静に考える時期に来ています。

「お心付け」という、不透明な慣習

保護者の皆様の心を最も重くし、バレエ界を「閉鎖的なムラ社会」に見せている要因の一つが、日本独自の「お礼」や「心付け」という習慣です。

「お月謝とは別に包むべき?」
「発表会のたびに贈り物をしないと、良い役がつかないのでは?」

そんな正解のないマナーに悩み、保護者同士で「相場」を探り合う時間は、果たして教育の場に本当に必要なものでしょうか?
そもそも、バレエが生まれた西洋の文化に、このような不可解な慣習は存在しません。

本来、バレエの指導とは、プロフェッショナルな契約に基づく対等なビジネスです。
クリアな料金設定があり、その対価として質の高い指導を提供する。
サービスの提供と、その価値に見合う対価の支払いは、すでに正規の受講料の中で完結しています。

にもかかわらず、慣習として残る「それ以上」の支払い。
ここで、あえてドライな表現を許していただけるならば、お聞きしたいのです。
正規の受講料以上に支払われるその現金は、経理上、一体「何」になるのでしょうか?

寄付金でしょうか?
チップでしょうか?
それとも、我が子を優遇してもらうための、、、言葉は悪いですが「賄賂」に近い性質のものなのでしょうか?

すでに受講料や参加費をいただいているのですから、普通の経営的感覚であれば、それ以上をもらう理由がありません。
提供したサービスの価値の交換において、すでに成立している中で、その先のそれはいったい何にあたるのでしょうか?

そして、何よりも「お礼」や「感謝」という形のない尊い気持ちを、「現金」という生々しい物質に換えて差し出すこと。
その行為は、私たちが芸術家が、子どもたちに伝えようとしている気高い「バレエ」の観点から見て、本当に美しい行為と言えるのでしょうか?

使途不明な「謎の経費」を保護者に強いることは、コンプライアンス(法令遵守)が叫ばれる現代社会において、教室経営としてもあまりに危うい構造です。
感謝の気持ちは、高価な品物や現金で示すものではありません。
「ありがとうございます」という言葉や、子どもたちが成長する姿で十分に伝わるはずです。

不透明なルールで不安を煽るよりも、ガラス張りの明朗なシステムで、誰もが納得して対価を支払える教室。
それこそが、西洋の合理的精神と日本の誠実さをいいとこ取りした、これからのバレエ教育のスタンダードだと言えます。

子どもたちは、大人の背中を見ている

私たちがこうした「風通しの良さ」にこだわる理由は、結局のところ、すべて子どもたちのためです。

子どもたちは、大人の世界の空気を敏感に感じ取ります。
お母さんが先生に気を使い、「菓子折り」や「お礼」を心配している姿。
それを見て育った子は、無意識のうちにこう学んでしまうかもしれません。

「世の中は実力よりも、根回しや忖度(そんたく)が大切なんだ」
「結局、お金や大人の事情で決まるんだ」

でも本来、私たちはバレエを通じて、もっと純粋で美しいものを手渡したいはずです。
努力が正当に評価されること。自分の意思を伝えても安全だということ。
理不尽な上下関係や、大人の事情といった重たい荷物を、未来ある子どもたちには背負わせないでください。

古い衣を脱いで、軽やかに

「郷に入っては郷に従え」という言葉もありますが、時代は変わりました。

過去にはそのような古い慣習があったかもしれません。
そして、私たち指導者自身がその理不尽を乗り越え、歯を食いしばって今日の立場を築いてきたことも事実です。
しかし、その苦労を「伝統」として、そのまま令和の子どもたちに引き継ぐ必要はありません。

もし、「日本の良いところ」が挨拶などの礼儀なのだとするならば、 きっとそれは、誰かが言うから提供するものでも、立場を利用して過剰に搾取するものでもなく、お互いが「等しい価値(敬意)」の交換をし合うことなのではないでしょうか?

「先生なのだから敬いなさい」「絶対服従だ」と強要するのではなく、指導者が一人の人間として誠実であれば、生徒たちは自然と先生を慕い、心からの礼節を持って接してくれるようになります。
尊敬とは、上の者が強いる義務ではなく、その背中を見た生徒たちの心から自然と湧き上がる想いです。

元気な挨拶、脱いだ服を丁寧に畳むこと、靴を揃える美しさ。
そうした凛とした所作は大切に残しつつ、理不尽な服従や不透明な慣習といった「重たい衣」は、そろそろ脱ぎ捨ててみませんか?

先生も、生徒も、保護者も。 みんなが一人の人間としてリスペクトし合い、気持ちよく挨拶を交わせる。
そんな風通しの良いスタジオからこそ、世界へ羽ばたく「強靭でいて自由な翼」を持ったダンサーが生まれてくるのだと、私たちは信じています。

バレエ安全指導者資格®︎ 事務局