セーフダンスアソシエーション|安全教育
安全な指導を、経験だけに任せないために。 スポーツ庁のガイドラインから、舞踊・審美系スポーツの安全を考える。
バレエ、新体操をはじめとする舞踊・審美系スポーツにおいて、技術と表現を育てることと、身体・心・尊厳を守ることは切り離せません。2026年1月に公表されたスポーツ庁のガイドライン(試行版)を手がかりに、指導者、スタジオ、主催者、そして社会がともに取り組める安全づくりを考えます。
この記事で伝えたいこと
安全な環境は、ひとりの先生の経験や善意だけに委ねるものではありません。知識を学び、現場を確認し、関係者と共有し、改善を続けること。その積み重ねによって、生徒や競技者が安心して学び、挑戦し、長く活動できる場所を育てます。
スポーツ庁の取り組み
安全は、経験と善意だけに
任せるものではありません。
2026年1月27日、スポーツ庁は「運動・スポーツにおける安全対策の評価・改善のためのガイドライン(試行版)」を公表しました。事故や外傷の予防だけでなく、暴力やハラスメントの防止なども視野に入れ、さまざまな立場の関係者が安全対策を点検し、改善していくための考え方を示したものです。
私たちが大切だと考えるのは、「これまで事故が起きていない」ことと「これからも安全である」ことを同じにしない姿勢です。身体の状態、指導方法、環境、関係性は変わります。知識も更新されます。その変化を確かめること自体が、安全づくりの一部になります。
このガイドラインは、すべての団体や教室に一律の対策を求めるものではありません。各自の状況に応じて可能な範囲から取り組むことを推奨し、記載事項が実施されていないことだけをもって関係者の責任を問うことを目的とするものではないとされています。小規模な教室やクラブにとっても、改善のための参考資料として活用できます。
バレエや新体操などの現場では、一人の指導者が技術指導から運営、安全管理までを担うこともあります。だからこそ、個人の頑張りだけに依存せず、安全を「確認できる仕組み」にしていくことが重要です。
策定の背景
なぜ今、安全を見直す
必要があるのでしょうか。
運動・スポーツの安全は、怪我を防ぐことだけではありません。暴力、威圧的な言動、過度な身体接触、相談できない関係性も、学びや活動を続けるうえでのリスクになります。
日本スポーツ協会が公表した「暴力行為等相談窓口」の相談件数は、2024年度の536件から2025年度の603件へ増加しました。ただし、この数値は全国の舞踊・審美系スポーツの発生件数やスポーツ界全体の発生率を表すものではありません。窓口の認知や相談行動の変化も影響するため、件数の増加だけで被害発生率が上昇したとは断定できません。
536件
日本スポーツ協会「暴力行為等相談窓口」への相談件数。
603件
同じ窓口への相談件数。公表資料では過去最多とされています。
出典:日本スポーツ協会の2024年度・2025年度の公表資料。相談件数の比較であり、特定競技の発生率を示すものではありません。
「昔からこうしてきた」ことを、
これからも続ける理由にしない。
高度な技術や表現が求められる分野ほど、指導者の経験は重要です。しかし、無理な柔軟や過剰な反復を正当化したり、厳しい言葉や我慢を当然と捉えたりしていないか。医学・科学と人権の視点から、日々の指導を問い直すことが必要です。
関係者それぞれの役割
安全を考えるのは、
指導者だけではありません。
ガイドラインは5つの立場に分けて整理されています。ここでは、それぞれを舞踊・審美系スポーツの現場に置き換えて考えます。
活動に参加する本人
生徒、ダンサー、競技者自身。体調や痛み、不安を伝えられること。ただし、安全の責任を子ども本人だけに負わせないことも大切です。
指導者・コーチ
指導の根拠、練習量、個人差、身体接触や言葉の使い方を点検し、必要に応じて指導方法を変える立場です。
大会・公演・イベントの主催者
発表会、舞台、競技会、コンクールなどの運営、動線、リハーサル日程、緊急時対応を考えます。
活動の運営者
教室やクラブの方針、指導者の配置、保護者への説明、相談・苦情への対応体制を整えます。
施設の設置・管理運営者
床、器具、備品、室内環境、設備の点検と維持管理を担います。利用者との情報共有も重要です。
小さなスタジオでは、同じ人が複数の役割を担うことがあります。役割を分けて考えるのは、責任を押しつけるためではなく、「どこを確認すればよいか」を見つけるためです。
舞踊・審美系スポーツで考えたいこと
身体、心、環境、関係性。
特に考えたい5つの安全。
以下はスポーツ庁のガイドラインの考え方を踏まえ、セーフダンスアソシエーションが舞踊・審美系スポーツの指導現場に置き換えて整理したものです。個別競技についてスポーツ庁が示した技術基準ではありません。
1.科学的知見に基づいて指導する
無理な柔軟、関節可動域の強制、疲労した状態での過剰な反復などを、目的だけでなく身体への負担からも評価します。「できるまでやる」だけでなく「どのような条件なら安全に取り組めるか」を考えます。
2.成長期と個人差を理解する
同じ年齢でも、発育、筋力、疲労、習熟度は異なります。バレエのポワント、新体操の難度の高い動きなども、年齢や在籍年数だけで決めるのではなく、本人の発達と現在の状態に目を向けます。
3.活動する環境と負荷を点検する
床の滑りや反発、バーや手具、用具の管理、空調、水分補給、練習日程、舞台袖や大会会場の動線。日常のレッスンだけでなく、発表会・競技会まで含めて確認します。
4.心理的安全性と尊厳を守る
威圧、人格否定、体型への不用意な発言、過度な身体接触を防ぎ、質問・相談・異議申し立てができる関係をつくります。子どもの権利と本人の意思への配慮は、技術指導と同じくらい重要です。
5.専門家につなぐ判断を持つ
怪我や痛み、栄養、月経や成長発達、心理面など、指導者だけでは対応できない課題があります。指導者が診断や治療を抱え込まず、必要なときに医療・心理・栄養などの専門家に相談できる仕組みを整えます。
指導の場面に置き換える
「私たちの現場なら、
どう判断するだろう。」
知識を知っていることと、必要な場面で適切に行動できることは同じではありません。
生徒が痛みを訴えたら。
「まだ動けるから大丈夫」と決めつけず、活動を中断して状態を確認します。必要な保護者連絡、受診の案内、再開時の確認方法をあらかじめ考えます。
難しい動きを始めるとき。
ポワントや高度な柔軟・跳躍などを、学年や練習歴だけで判断しない。身体の発達、動作の質、負荷への対応力を見ながら慎重に進めます。
練習時間が増える時期には。
疲労と休養、栄養、水分補給、暑熱、床・器具・舞台環境、緊急連絡を確認します。先生だけでなく、主催者やスタッフとの共有も必要です。
本人が「嫌だ」と伝えたら。
理由を聞き、身体接触や指導の進め方を見直すことができるか。相談したことで不利益を受けない仕組みがあるかを確認します。
上記はSDAが設けた教育上の事例です。スポーツ庁がバレエや新体操の個別技術について開始基準を定めたものではなく、個別の診断や治療を行うものでもありません。
安全対策を日常にする
「気をつける」から、
「確かめて、改善する」へ。
一度ルールをつくって終えるのではなく、現場の変化を見ながら更新を続ける。それが安全を育てる方法です。
- 01現状を知る指導方法、施設、相談体制、緊急対応を書き出します。
- 02危険を見つける事故につながる状況や、声を上げにくい場面を探します。
- 03対応を決める優先順位、担当、連絡・対応の流れを明確にします。
- 04関係者に伝える生徒、保護者、指導者、主催者、施設と共有します。
- 05定期的に見直すヒヤリハットや新たな知見を次の改善に生かします。
たとえば緊急連絡先を更新する、床や用具の点検日を決める、身体接触のルールを説明する、痛みの訴えがあったときの対応を共有する。すべてを一度に完成させる必要はありません。今できる一つの改善から始められます。
教室・クラブで確認する
指導者と運営者が確認したい、
12のこと。
これはスポーツ庁の公式チェックリストの転載ではなく、SDAが舞踊・審美系スポーツの現場を想定して作成した簡易チェックリストです。
- 生徒や競技者が痛み・体調不良・不安を伝えやすい
- 成長期の変化や個人差に応じて練習量を調整している
- 柔軟や身体の形を無理に強制しない
- 床・バー・手具・器具・室内環境を点検している
- 休憩、水分補給、疲労と回復に配慮している
- 怪我や事故が起きたときの初期対応を共有している
- 緊急連絡先と医療機関への連絡方法を確認している
- 身体接触・言葉・撮影等のルールが明確になっている
- 生徒・競技者・保護者が相談できる窓口がある
- 発表会・競技会・公演の安全管理を確認している
- 必要に応じて専門家へ紹介・相談する判断ができる
- 事例や新しい知識をもとに指導・運営を更新している
一つでも見直したい項目があれば、
そこが次の改善の出発点です。
スポーツ庁による正式なガイドライン本文と対象別チェックリストは、下記「公式資料・参考文献」のリンクからご確認ください。
セーフダンスアソシエーションが考えること
安全に教えることは、
人の未来を支えること。
舞踊や審美系スポーツは、身体技術を高めるだけの活動ではありません。表現する喜び、自分と向き合う力、他者と協力する経験、舞台や競技会に向けて努力した時間。その一つひとつが、本人の人生の一部になっていきます。
だからこそ、怪我を予防することも、心と尊厳を守ることも、安全に相談できる環境を整えることも、教育そのものだと私たちは考えています。
目指すのは、知識を持った指導者を増やすことだけではありません。現場で何に気づき、どう判断し、誰につなぎ、何を改善するか。そこまで考え続けることのできる指導者と、学び続けられる環境を育てることです。
身体を守ることから、
心と尊厳を守ることへ。
そして、その人の人生を支える教育へ。
一つの教室だけで完結する必要はありません。教育、医療、心理、栄養、施設、主催者、地域社会。さまざまな人と専門性をつなぎながら、子どもから大人まで、安心して踊り、競い、学び続けられる環境を広げていきます。
公的資料・参考文献
公式資料も、ぜひご覧ください。
この記事の基礎となった公表資料です。スポーツ庁の正式な本文やチェックリストにあたり、各自の立場で活用いただくことをおすすめします。
- スポーツ庁|安全対策ガイドライン(試行版)の策定について ↗2026年1月27日公表。ガイドラインの目的・考え方を紹介する公式発表。
- スポーツ庁|ガイドライン(試行版)の概要資料(PDF) ↗全体像を確認するための概要資料。
- スポーツ庁|スポーツの事故防止について ↗ガイドライン本文や対象者別の確認資料等を確認できます。
- 日本スポーツ協会|2024年度の暴力行為等相談窓口について ↗2024年度の相談件数に関する発表。
- 日本スポーツ協会|2025年度の暴力行為等相談窓口について ↗2025年度の相談件数に関する発表。
本記事は、公表資料を参考にセーフダンスアソシエーションが独自の教育的視点から編集した解説です。舞踊・審美系スポーツの事例や12項目のチェックリストはSDAによるものであり、スポーツ庁が個別の競技向けに提示した基準ではありません。個別の医学的診断・治療または法的責任を判断するものでもありません。
執筆・編集:セーフダンスアソシエーション(Safe Dance Association)
SDAの教育と支援
学びを、現場の判断と行動へ。
安全な指導を学び、教室の基準を考え、必要な専門家とつながるための取り組みをご紹介します。